強い教条主義はうつ病に危ない

こんにちは,とどです。

A、B、C、Dの4つをこなしていれば,健やかな生活を保つことができる,という教条主義者をネットで目にしたので、少し考えてみたいと思います。その人はどうも毎日毎日「A,B,C,D」「A,B,C,D」と強調し,周りにも布教しているようなのです。

このようなタイプの人はうつ病にならないでしょうか,どうでしょうか。あるいは、このようなアドバイスはうつ病の人にとって有益でしょうか。AとBとCとDについて、それぞれ個別には比較的頑健なエビデンスがあり、確かにうつ病に効果があると仮定します。また、本人はA、B、C、Dの4つをこなすことに普段から楽しみを覚えているということも前提にしておきましょう。

これらを前提とすると確率的にこの人はうつ病になりにくいはずです。

ところで、うつ病というのはどういう病気でしょうか。普段からやっている日常的な活動が、ふとあるとき楽しくなく感じるとか、意欲がわかない。こういう脳のバグが生じるのがうつ病の兆候なわけです。この状態が2週間とか、あるいはもっと長期にわたって継続すると医師からも抑うつ状態であるとかうつ病であると認定されます。

まず本人の場合を検討しましょう。もちろん確率的には低いはずですが、この人が脳に変調を感じた場合、どう対応すればよいでしょうか。

急性のうつ病への対応プロセスは、一度まずすべての社会活動を休止し養生することからはじまります。ところが、A、B、C、Dを強く信じ込んでいる人にA、B、C、Dを一度やめなさいというのは中々難しいことになるはずです。

健康にいいはずのことをやろうとしているのに、健康を害することがある、このようなことが起こるのでしょうか。

長谷正人『悪循環の現象学』には睡眠の例がでてきます。

試験の前日などに「今日は早めに寝てたっぷり睡眠をとっておかなければ」と考えて床に就いたりすると、逆に目がさえて眠れずに睡眠不足になってしまう、というようなことは誰もが経験することだろう。

(中略)

悪循環的に反復されて病理にまで発展することもある。例えば、不眠の夜を経験した翌日も「今日こそ、ぐっすり眠らなければ」などとますます緊張して床に入り、再び不眠の夜を過ごしてしまう場合などがそうである。こうした夜が続いた者は、「不眠症」という病理に陥っていると診断されることになるだろう。

悪循環の現象学』はじめに より

著者は社会学者で、睡眠障害の専門家ではないので、そのあたりは割り引いて考える必要があります(睡眠障害の原因は上記のような内因性のものに限らず、実に多岐にわたります)。しかし、この寓話は実に示唆的です。睡眠障害を抱えている患者に「睡眠は健康に良い」という教条は、実はあまり効果がなかったり、あるいは悪循環に入る可能性があるのです。

むしろ、こういう状態の人にかけてやる言葉は、「部屋を暗くして横になっているだけで疲れはとれますよ」というように、睡眠から気をそらしてやることが重要になります。睡眠のことをあまり考えない方が、寝られるのです。

他人へのアドバイスという点でも、強い教条主義は危険をはらみます。例えば、うつ病には運動が良い、筋トレが良い、例えばこのような主張についてはどうでしょうか。運動は確かにうつ病に効果があると仮定し、その是非については論じないこととします。

うつ病の人が教条主義者のアドバイスを聞いて「どうも運動が良いらしい」ということを信じたとしましょう。ところがうつ病は体力も奪います。簡単に運動をすることはできません。「運動が健康に良いという信念」と「運動ができていない自分」という背反する状態は、この患者にどういう葛藤を生じさせるでしょうか。おそらくメンタルヘルスのさらなる悪化を招くと推測されます。

僕が長年のうつ病経験から学んだことは、悪循環を自覚したらとにかく達成できない目標から撤退する勇気を持つことです。重症の時はとにかく休む、起き上がれるようになったら次に散歩をしてみる散歩に飽きたら図書館に行ってみる。徐々に目標は上げていくのですが、だめだったらまた散歩に戻す、これが難しい。でもうつ病は良くなったり悪くなったりを繰り返すことがありますから、悪くなった時に高すぎる目標を掲げておくことは悪循環を生みかねません。

「A、B、C、D」理想状態を4つも並べたリストは、うつ病患者にはほとんど価値はありません。あるいは悪影響でさえあります。必要なのは、この状況なら何を目標にしていいかという条件付き目標(あるいは優先順位のついた目標リスト)を自分自身の中で対話しながら作成することなのです。

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